マラプロピズム

 タイラーは芝生を踏みしめながら司会者に近づいていった。
「こんにちは。ちょっといいですか」
 濃紺のスポーツウェア姿の司会者はテニスウェアを着た女とストレッチングをしているところだった。
「なんでしょう。今はプライベートな時間なんだがね」
「あなたのモーニングショーについてちょっとうかがいたいんです。生放送だという話ですけど、放送時間中にあなたが自宅にいるのをときどき目撃しているんです。この芝生の隣のアパートに住んでいるんで」
「なんだそんなことか。今時そんなことを気にする人がいるとは。今はスタジオにいようと自宅にいようと同じように番組に参加できるんですよ」
「この人はレイヤー1ではありません」テニス姿の<ナンシー>がサミュエル・レジェンドに言った。
「わかってる、クレア」

 街路の反対側に広がる市民公園の歩道すれすれに窓を黒フィルムで覆ったミニバンが停車した。アンテナが伸ばされる。
 クレアの両腕は硬直しペンギンの羽根のようにバタバタと体の側面に押しつけられる。その動作を続けたまま救いを求めるかのように大声を発し始める。
「なんですか、これは。知りません! たすけて! わかりません、どうすればいいのですか」
「クレア、どうしたんだ! おかしいぞ」レジェンドは狼狽した。

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 クレアは失神した。口から泡を吹いている。
 タイラーはロボットの精巧さに改めて驚き、危機感を抱いた。

 機械にはマリファナは効かない

 ベルトに装着しているPAN(パーソナル・エリア・ネットワーク)レコーダーに見覚えのないメッセージが混入していることに彼が気づいたのは、アパートに戻りレジェンドのモーニングショーの録画を見終わった後だった。


(2006.3.31)

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